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新年祝賀会を開催しました!(令和3年1月10日)

セントポーリア愛の郷の新年祝賀会では例年、尺八サークルの皆さまの演奏でお楽しみいただいておりますが、今年はコロナウイルスの影響で職員がお琴の演奏や弾き語りライブ、獅子舞いパフォーマンスを行いました!

祝い膳が振る舞われました。

 

お琴の演奏

 

 

最後に獅子舞いと龍の舞いをお楽しみください!

 

来月は節分会を開催します。レポートをどうぞお楽しみに!

 

大還暦神社に初詣

1月9日(土)、3階南フロアで製作(建立)した『大還暦神社』に是非他のフロアの方もお参りできるように、鳥居と社を移動して初詣を開催しました。

皆さま熱心に拝んでおられ、大変喜んでくださいました(^-^)

【2021年】新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます!本年もセントポーリア愛の郷をどうぞよろしくお願いいたします!少しですが、セントポーリア愛の郷のお正月の様子をお伝えします。

お昼は豪華なおせち料理がでましたー(о^∇^о)

 

3階のフロアでは今年も「大還暦神社」が建立されました。みなさん順番に祈願しおみくじをひいておられました。

お正月の定番、福笑いで楽しんでおられました。

 

今年は丑年ということで、ご入居者の皆さまが可愛いマスコットを作ってくださいました(^-^)

今回はコロナ禍の中でのお正月となってしまいましたが、セントポーリア愛の郷では変わらずゆったりとした時間が流れています。

 

それではまた~

職員が一丸となった施設行事

コロナ禍で外部ボランティアの受け入れが出来ない状況の中、セントポーリアでは職員手作りの施設行事を行っています。11月1日(日)の「文化発表会」では職員によるステージイベントが行われました。多人数が集まってのイベントは感染の危険が高まる為、6つのブロックそれぞれに職員で編成した演奏や踊りのチームが回るという形で実施しました。

この日の為に編成された3チームを紹介します(^^♪

①音楽療法士、機能訓練指導員によるバンド

和をテーマにした衣装で、「与作」「斎太郎節」等を演奏しました♪

 

②音楽療法士、事務員によるユニット

深紅の衣装で「愛の賛歌」を熱唱したり、スカーフを使った参加型のステージを展開しました。

 

③介護課長、介護課長補佐による踊り

原始人?に扮し、「ジンギスカン」の歌に乗せたダンスを披露しました。写真撮影会も好評でした♪

それぞれのチームがこの日の為に打ち合わせ、練習を積み重ねてきました。本番ではその甲斐あって大変盛り上がっていましたよ(^_-)-☆そしてステージを披露する職員だけでなく、その他の職員が積極的に盛り上げ、ご入居者の方々が楽しめる雰囲気を作っていた素晴らしい行事でした。コロナ禍で大変なこの時だからこそ、あえてご入居者の余暇や楽しみの部分に目を向け、施設をあげて作り上げるイベント。職員が一丸となるいい機会となりました。

 

秋空を眺めながらの昼食    【未経験でも働きやすい特養】

9月11日(金)ランチタイムコンサートを開催しました。いつものパブリックスペースではなく、眺めの良い3階の部屋での開催でしたので、秋空を眺めて季節を感じられるイベントになったようです。音楽療法士やその他職員によるオカリナ演奏や歌も、場の雰囲気を盛り上げていました。

いつもと違う雰囲気で、生演奏を聴きながらのランチは格別だったようです。

いつもと違う雰囲気の中の食事にビールも進みますね♪

天気は生憎の雨でしたが、ススキや秋桜等季節の草花もディスプレイし、秋の雰囲気を演出しました♪

 

セントポーリア愛の郷では、「入居者、利用者の皆様を楽しませたい」という気持ちを持った方を大募集しています(^^♪

詳しくはコチラ→セントポーリア愛の郷リクルートページ

コロナウィルスに負けずに楽しみを♪【未経験でも安心感】

外部からのボランティアの受け入れや、大々的な行事が開催出来ない今、ご入居者の生活の中に潤いや楽しみを与える事が音楽療法士の重要な役割となっています。

セントポーリア愛の郷では、音楽療法を行う際、音楽療法士がマスクとフェイスシールドを併用して感染のリスクを軽減しています。

こうして見ると何か物々しい感じもしますが、そこは音楽療法士の力の見せ所。音楽の力をフルに使って和やかで楽しい時間を提供しています😄

この日は梅雨の時期という事もあり、雨に因んだ音楽療法を行いました。そこで登場したのがこちらのレインスティックという楽器。

一見ただの木の棒に見えますが、傾けると雨の降る音が心地よく響き渡ります。枯れたサボテンの中に小石や木の実を入れて作られています。簡単に癒しの音色が奏でられるので、ご入居者の皆様にも好評です✨

 

私たちと一緒に働きませんか?☺️

詳細はコチラhttps://ryokuhokai-rec.com/

「コンサート指向型音楽療法」 (愛の郷だよりバックナンバーより)

今回はセントポーリア愛の郷で行っている音楽療法のひとつ「コンサート指向型音楽療法」についてご紹介します。

この音楽療法は、ご入居者にコンサートに出演して頂く事で普段味わえない緊張感や、達成感を味わって頂くのはもちろん、本番に向けて練習する中での他の方との交流や、生活にハリを持って頂く事等を目的に行っています。

合奏に使用する楽器は主にトーンチャイムですが、参加者の皆さんの音楽経験や好みに合わせてギターや打楽器等を用いる事もあります。「音楽は好きだけど楽器は出来るか不安」という方にも出来るだけ簡単に、楽しく演奏して頂けるような編曲を行い、皆さん毎回本番では素晴らしい演奏を披露されます。普段触れる機会の少ない楽器を演奏出来るという事もあり、コンサートを鑑賞されたご入居者が自ら参加したいとおっしゃる事も少なくありません。

毎年11 月の「文化発表会」、4 月の「若葉を眺める会」で演奏が披露されています。

 

https://ryokuhokai.com/pdf/201610.pdf

ナスのたたり (愛の郷だよりバックナンバーより)

船坂は有馬温泉に通じる道すじで、峠になっています。冬はとても寒い日が多く、その日も吹雪の舞う寒い日でした。お百姓の弥太八は、家の中で竹を割って籠を編んでいました。

もう日が暮れかけています。「おお、寒い寒い。これを仕上げて夕飯にしよう」その時、トントンと表戸をたたく音がしました。
「今時分誰だろう」と、戸を開けてみると、激しい雪の中に一人の老人が立っています。「私は丹波の者ですが、有馬の湯へ行く途中、ひどい吹雪になり、おまけに日も暮れてしまい困っています。一晩泊めてはもらえますまいか」

弥太八は親切な人でしたから、すぐに老人を中に入れ囲炉裏端に招きました。
「さあさあ、 火にあたりなされ。こんなところでよければ、休んでいきなされ」と、茶わ
ん酒などを勧めます。老人は心から感謝し、うちとけて身の上話を始めました。
「私の村は丹波の山深い所でして、米や野菜があまりできません。村の者は、山で木を切ったり、炭を焼いたりして細々と暮らしておる。私は暮しのたしになるものが何か出来ないかと考
え続けました。このままでは村の皆が住めんようになる。いろいろ考えた末、妻や子を残して村を出て来ましたのじゃ。あれからもう十九年、ずいぶん昔のことになります。ハイ」

老人は長い年月を確かめるようにうなづき、話を続けます。「何か村の役に立つことを見つけようと、北へ北へ行きました。どれだけ訪ね歩いたことか。やっと出羽の山形という
所で、えらいお百姓さんに出会えましたのじゃ」

「そこは私の国より高い所なんですよ。その上、雨や雪が多くていい作物が育つとも思えん所じゃ
った。それなのにりっぱなナスを作っていなすって、名物になっているのじゃ。

私は、これじゃと思った」「私はたのみ込んで何ヶ月か住み込み、やっとナス作りを教えてもらえた。そこのお方が何年も何年も苦労し、改良に改良を重ねて作り上げなすったナスじゃ。村の
外へは出せない種なのじゃ。けれど、こんなに遠くまで来たお前さんのことだからと、大切なナスの種を分けてくれたんじゃよ」

いかにも嬉しそうな顔をほころばせ、湯飲みの酒をごくりと飲んだ。「私はその種を持って、丹波の家を目指し急いで帰ってきましたのじゃ。長い道中のことで賊に襲われて大事なお金をとられたこともあった。けれど、この種だけは守って持って帰って来ましたのじゃ。やっとここまで帰ってきたので、旅の疲れを休めようと有馬の湯へ向っていたが、雪がひどいので行き倒れになるところじゃった。こうしてご親切に休ませてもらい、ほんとにありがたいことじゃ」

老人は熱心に話し、嬉しそうな顔でその場に寝込んでしまいました。

弥太八は聞いているうちに、自分がナスの種を探しあて、持って帰ってきて船坂の村を豊かにするような気持ちになりました。船坂の村もこの老人の村と同じように高い土地にあります。ふつうの農作物が良く育たず、苦しい生活をしているのです。「そのナスが欲しい。そのナスを育てたら、村の暮しは良くなるに違いない。
村中どんなに喜ぶことか」弥太八はもうたまらなくなりました。弥太八の手が自然に動いて、老人の腹巻をさぐりました。
「ああ、いけないことだ」と、いったんは手を引っ込めましたが、次の瞬間には夢中で、種の袋を引っ張り出しているのでした。震える手で別の種を入れ替え元の腹巻に入れたのでした。

夜が明けると、老人は弥太八に何度もお礼を言い出て行きました。弥太八はほっとしながらも申し訳ない気持ちでいっぱいです。じっと囲炉裏の火を見つめて考え込んでいました。

その時、外で騒がしい村人の声がしました。飛び出してみると、「村はずれで旅の老人が死んでいるぞ」と大きな声で叫んでいます。
「もしや」と思い、走って行くと、やはり昨夜の老人が倒れています。弥太八は老人に取りすがりました。死んでいると思った老人が、大きく目を開き、恨めしそうに弥太八を見ました。
「ナスの種がない。ナスの種をとられた。残念じゃ・・・。あのナスを作る者にたたってやるぞ」
そう言い終わるなり、息が絶えました。
弥太八は老人を手厚く葬りました。やがて船坂の村はナスづくりが盛んになり、形も味も良い『船坂の長ナス』と言われ、有名になっていきました。

ところがどうしたことでしょう。そのころから村人の歯に黒い斑点ができるよう
になったのです。いくら磨いても落ちません。ひどい場合には歯が腐ったようになります。弥太八は毎日苦しい心で過ごしました。「これはきっとナスのたたりに違いない」

老人が死んでから十年目の命日に、弥太八は村人たちに集まってもらいました。そこで、老人のナスの種をすりかえたことを打ち明けました。村人たちに老人のお祭りを盛大にしてもらった後、弥太八は罪を償うため旅立ってお寺に入ったということです。その後、『なすび歯』と言われた黒い歯はだんだんなくなっていきました。

https://ryokuhokai.com/pdf/201106.pdf